三条市吹奏楽団は、1977年に発足し、2016年には創立40周年を迎えました。

私たちは、まず第一に音楽を楽しむことをモットーとし、音楽活動を通して微力ながら地域振興に貢献できればと願っています。主な活動は、吹奏楽コンクールやアンンブル・コンテストへの参加のほか、春の定期演奏会、初冬のファミリーコンサート、小中学校を中心とした訪問演奏、三条市内及び近隣市町村に所在する各種団体主催のイベント(開会式・記念式典など)における依頼演奏及び地域の中学・高校吹奏楽部への技術指導など、幅広く活動しています。

 

 

 

 昭和49年9月15日に前身である「SST吹奏楽団」(下田村・三条市・燕市のメンバーがジャンケンをして勝った順に頭文字を取ったものです。)が、当時まだ若い7名のメンバーで創立しました。昭和52年1月1日に団員を一般公募して現在の「三条市吹奏楽団」が発足し、同年1月5日には三条市市民センター(現、嵐南公民館)にて、常任指揮者として長岡市の中田弘司氏を迎え華々しく初練習の予定でありました。しかし、ここは「雪国・新潟」、正月に突然の大雪となり、市内の道路は除雪のため一時全面的に通行止めとなってしまい、練習は夜9時30分までのところメンバー全員が集合したのが9時過ぎで、前途多難を思わせる幕開けとなったというエピソードが残っています。

 

 また、発足当時は別名「ジプシー楽団」と呼ばれていた時代がありました。なぜなら一番大切な練習場が固定されていなかったからです。数少ない市の施設では、週3日以上という回数の多さと大きな音(騒音?)が出るせいで敬遠され、人里離れた旧校舎や団員所有の工場などを行ったり来たりして練習していました。

 

 一方、コンクール活動においては昭和52年から毎年出場しており、昭和57年に初めて関東大会(現在の西関東大会)に出場し、昭和62年からは頻繁に関東大会に駒を進められるようになりました。更に、平成元年には念願の全日本吹奏楽コンクールに初出場で金賞を受賞、平成8年にも2回目の全日本吹奏楽コンクール出場を果たすことが出来ました。表彰では、長年の演奏活動が広く認められ、新潟日報文化賞(平成2年)三条市文化賞(同年)を受賞しています。

 

 そして現在、男女とも仲が良く、酒豪の団員を多くかかえ、打ち上げを励みに三条市嵐南公民館を練習の本拠地として只今活動中! 平成13年度からは常任指揮者に作曲家の田中賢氏をお迎えしました。平成18年に創立30周年を迎え、30周年記念定期演奏会では田中賢氏に30周年記念演奏会委嘱作品として「龍虎相剋《川中島の戦い》~和太鼓独奏と打楽器・吹奏楽のために」を作曲していただき、世界的和太鼓奏者の林英哲氏と共演、演奏は好評を得ました。

 

 平成24年からは、河本隆吉先生を常任指揮者にお迎えし、活動に励んでおります。